気付かないうちに神様を愚弄し、無意味なことに疲弊する人

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新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

 

2017年が始まりましたね。

 

今年をより良い年にするため、少しずつ頑張っていきましょう。

 

何事も行動に移さなければ、結果を呼び込みませんからね。

 

ドラマや映画のように、とてつもない幸運や助っ人が現れることを期待しているうちは、目的を達成することは難しいでしょう。

 

逆に、少しずつでも努力することで、確実に成果に近づくことができます。

 

まだまだそういう考え方を気にしていなかったり、気付いていない人が大勢いるので、小さな頑張りを積み重ねることで、大半の人はゴボウ抜きにできます。

 

初詣から神様について考える

壁にぶつかった時、人は神頼みする

大勢の人を抜き去ることは簡単ですが、高みを目指すにつれて、乗り越えるべき壁も高くなっていきます。

ある程度のレベルに達してくると、行き詰ってしまうこともあるでしょう。

 

なかなか困難を乗り越えることができなったり、努力している成果がでない。

 

そんな時、人は神様の力を借りようとします。

 

その結果、雨乞いや祈りといった儀式なんかが流行り、その名残が今も続いていたりしますよね。

 

初詣の由来

初詣なんかもそうですね。

 

1年の始まりに、「今年も良い1年になりますように」と神様に祈る恒例行事ですね。

 

この初詣は、昔、家長が大みそかの夜から元旦の朝まで、神社にこもってお祈りしたそうです。

 

それが江戸時代あたりになって、元旦の朝にお参りするようなスタイルになったんですね。

 

昔は「恵方参り」と言って、たたり神や災いの神がいない方向である「恵方」に参っていたそうなんです。

 

この「恵方」というのは、毎年変わるようで、そのため、参拝する神社を毎年変えていっていたそうです。

 

で、明治時代からは、「恵方」を気にせず、好きなところにお参りに行くようになったんだとか。

 

初詣の疑問を一発で解消する必殺技

こういったことを大勢の人が疑問に思っていらっしゃるようで、ネットで調べてみると、わんさか情報が出てきますよね。

 

「初詣はいつまでに行ったらいいのか?」
「初詣はどこの神社に行けばいいのか?」
「初詣は1つの神社にするべきで、ハシゴしてはいけないのか?」
「参拝する時に私服よりも正装・晴れ着がいいのか?」
「初詣の帰りに寄り道してはいけないのか?」
「自分の願いを神に頼んではいけないのか?」
「神頼みした願い事を他人に言ってはいけないのか?」

などなど。

 

このような疑問を一発で解決する裏ワザがあるので、今回は特別にこのサイトの読者さんだけにお伝えしようと思います。

 

禁じ手とも言われる必殺技なので、他の人には絶対に言わないでくださいね。

 

そのとっておきの秘技がこれです。

 

「初詣なんて気にしない」

 

・・・新年から、かなりしょうもない話ですみません(笑)

 

初詣に期待してはいけない理由

ただ、藤崎は初詣なんて意味がないと思っているので、気にしないことが一番だと思っているのは事実です。

 

先ほどの初詣の由来の時にも疑問を感じられた方がいるかもしれませんが、昔から現在に至るまで、初詣のやり方は色々と変わってきているわけです。

 

それは、その時代の人々の考え方や生活スタイルなんかに合わせて、変化をとげてきたわけであって、そもそも正しいやり方なんてないんですよね。

 

古来からのやり方が正しいのであれば、今のやり方は間違っていますし、今のやり方が正しいのあれば、古来からのやり方は間違っていたということになります。

 

勝手にご利益を感じてしまう心理

そして、本当に根本の話になるのですが、そういったことを含めて、全てどうでもいいんですね、初詣なんて。

 

新年の気分を味わうために遊びとして行ったり、イベント気分を感じるために散歩がてら行くっていうのならいいんですけど、本気で「1年間無事に過ごせるようにお参りする」と考えている方はちょっと危ないと思います。

 

今までの経験上、うすうす感づいている方も多いと思うのですが、初詣に行って、しっかりお参りしても、悪いことが起こる時は起こります。

 

そして、なんだかんだ言っても、また新しい年が来るわけですから、最終的には「去年も無事に過ごせて良かったなぁ。また初詣に行くか」となるわけです。

 

おみくじや占いなんかもそうですが、ハズれたことは忘れ去り、当たったことは「やっぱり当たった」と過大評価してしまうんですね。

 

初詣も同じで、悪いことが起こっても忘れ去り、良いことが起こったり、無事に1年を過ごせると「やっぱり初詣に行っていて良かった」と勝手にご利益を感じてしまうというわけです。

 

しかし、本気でこういう考え方をしている人は、なかなか成功に辿りつけません。

 

なぜなら、心のどこかで神様や幸運をアテにしているので、自分1人の力で物事を達成しようという気が無意識に欠如しているからです。

 
簡単に言えば、他力本願な考え方をしているので、自分1人の力で物事をやり遂げようという人と比べると差がつきやすいというわけです。

 

全く他人をアテにしない人が、自分1人で何かを成し遂げようとする努力の質や量とは差が出てきて当然だというわけですね。

 

神様を信じて熱心に崇めることは、 良いことだと思ってしまいがちですが、本質はそうではありません。

 

結局は自分の力で乗り越えるしかないという心構えを持っていないと、成果を出すのがその分遅くなります。

 

世間は気付かぬうちに神様を愚弄している

神様を誤解している人たち

「~の神社は金運がアップする」
「~の神様は恋愛成就に効果的」

なんて無駄なことを気にするくらいなら、自分が目的を達成するためにできることをするべきです。

 

そもそも、神様が専業制だったり、災いの神がいるなんて発想がおかしいですよね。

 

神様っていうのは、万物の創造主であったり、全ての根源だったりっていう存在なので、何人も神様がいることが矛盾しています。

 

神様に得意なことや苦手なことってあるのでしょうか?

 

「俺、神様だけど、恋愛成就は苦手なんだよなー、金運アップなら得意なんだけど」

 

なんて言ってる神様を見たことがありますか?

 

しかも、「悪い神様」っていう言葉自体がおかしいですもんね。

 

悪だくみをする神様なんているのでしょうか?

 

これらの概念やイメージは、人間が作った神様像が反映されているにすぎません。

 

なので、神様と言いつつも、得意分野があったり悪だくみをする神様がいる。

 

人間のちんけな想像力で考えた神様像なんて、そんなもんだってことです。

 

想像力がチープだからこそ、人間に似ているんですね。

 

昔の人が考える神様像ほど、原始的なので、それも仕方ないことだとはわかっているのですが、あまりにも神様のことを誤解していたり、低く見ている人が多いので、大丈夫かなぁと思ってしまいまして。

 

もう2017年ですからね。

 

江戸時代や明治時代と比べて科学も技術も段違いに進歩しています。

 

なので、考え方も少しくらい進歩していいんじゃないかなぁと思っているんですね。

 

まぁ、考え方が進歩していないのは世間一般の人たちで、しっかりと自分の力で考えて行動できている人もたくさんいることも事実ですが。

 

ただ、自分で考えて行動できていない人たちのレベルを底上げできると、日本や社会のレベルも信じられないくらい上がります。

 

それだけ競争が熾烈(しれつ)になりますからね。
 

なので、昔の人が考えた神様像を鵜呑みにしてしまわないよう、注意しましょう。
 

神様を低く見る人たち

このように、人間が考える神様なんて、人間の分身程度にしか想像できなかったのでしょう。

 

むしろ、「得意分野がある神様」「悪だくみをする神様」なんて、神様を人間と同じように考えているという意味で馬鹿にしていると思います。

 

本当に神様がいるとすれば、人が想像もつかないような存在であるはずです。

 

神話やおとぎ話に出てくるような、人の形をした神様や、単純に大きくて後光が差しているというような陳腐な神様ではないはずです。

 

小さい頃からマンガやおとぎ話で神様の存在を植えつけられてきた人たちは、そういった考え方に疑問を持たないようですが、そこがおかしなところなんですね。

 

初詣に行かないと願いを叶えてくれない神様なんて、器が小さすぎます。

 

神様なら、どんな人でも平等に対応してくれるはずです。

 

それが善人でも、悪人でも。

 

願いを叶えてくれる場合でも、叶えてくれない場合も同じように扱うはずです。

 

なので、冒頭で疑問に感じているとお伝えした、

「初詣はいつまでに行ったらいいのか?」
「初詣はどこの神社に行けばいいのか?」
「初詣は1つの神社にするべきで、ハシゴしてはいけないのか?」
「参拝する時に私服よりも正装・晴れ着がいいのか?」
「初詣の帰りに寄り道してはいけないのか?」
「自分の願いを神に頼んではいけないのか?」
「神頼みした願い事を他人に言ってはいけないのか?」

などということで悩むこと自体が馬鹿げているということですね。

 

こんなことに時間や労力を割くことすら無駄です。

 

「ちゃんと初詣に行ったのに願いが叶わなかったなぁ。
 お賽銭(さいせん)が少なかったかなぁ。」

と言い出す人もたまにいますよね。

 

これも少し考えたらわかることです。

 

お賽銭の多い少ないで神様が救う人を決めるわけがありません。

 

不公平ですから。

 

しかも、神様からしたら、1人救うのも100億人救うのも同じでしょうから、救わない理由がわかりません。

 

神様なんですから、1人救うくらいの力がないと考える方が神様を愚弄しています。

 

むしろ、神様なので、労力という概念自体が通用しないと考えられます。

 

だから、文字通り、神様にとっては1人救うのも100億人救うのも同じだろうと推測して良いでしょう。

 

そう考えると、以下の心配は本当にくだらないものだということに気付いていただけると思います。

 
「いつまでの初詣に行けばいいかなぁ」
「お賽銭はいくらくらい入れればいいのかなぁ」

 

本当に神様がいるなら、初詣に遅れたり、お賽銭の額が少ないなんて理由で怒ったりしないでしょう。

 

というより、神様を怒らせることなんてできるのでしょうか。

 

なんたって神様ですから、何をすれば怒るのかなんて、想像もできません。

 

人間ごときが神を怒らせられると考えることすら、おこがましい。

 

とにかく。

 

このように考え始めると、ツッコミどころが満載過ぎて、世間一般に考えられている神様像や初詣などの行事ごとの正当性が全く理解できない藤崎です。

 

初詣のやり方なんかで悩んで調べたり、願いを叶えてもらうために初詣に行くくらいなら、目的を達成するために自分がすべきことをする方がはるかに役立ちます。

 

遊びに行く感覚や、思い出作り的な感覚で初詣に行くのならともかく、「本気で願いが叶うように初詣にいく」なんてくだらないことは控えたいものです。

 

公務員試験や大学受験に合格したいと強く願っているのなら、受験対策に時間と労力を使うことをオススメします。

 
では、今年も皆さんのお役に立てるように頑張っていきますので、お役立ていただければと思います。

 
今年もよろしくお願いします。




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